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民藝の巨匠・濱田庄司の陶磁器はいくらで売れる?査定基準を解説

作家陶磁器・人間国宝

民藝の巨匠・濱田庄司の陶磁器はいくらで売れる?査定基準を解説

食器棚の下段から、厚手の大皿が出てきた。飴色と黒の釉薬がざっくりと流れるように掛けられていて、日常の器にしては存在感がある。裏を返してみても、名前らしきものは何ひとつ書かれていない。それでも、この器を「銘がないから作者不明」と片づけてはいけません。濱田庄司は1955年に民芸陶器で人間国宝に認定された陶芸家ですが、作品に銘を入れないことで知られていました。この記事では、なぜ銘がないのか、その前提で何を確認すべきか、そして共箱がなぜ決定的なのかを解説します。

濱田庄司という陶芸家

まず、この作家の位置づけから整理しておきましょう。

民藝運動のなかで

濱田庄司は1894年に生まれ、柳宗悦や河井寛次郎らとともに民藝運動を推し進めた人物です。名もない職人が作った日常の道具に美を見出す。そういう考え方を、実作と言葉の両面から支えました。

この運動は、当時の美術の枠組みからすれば異例の主張でした。鑑賞するために作られたものではなく、使うために作られたもののなかに美がある。用の美という言葉で語られるこの考え方が、その後の日本の工芸に大きな影響を与えました。無名の職人の仕事に光を当てるという発想は、当時としては新しいものでした。1961年には日本民藝館の館長にも就任しています。

運動としての民藝は、単なる趣味の集まりではありませんでした。各地の産地を訪ね、失われかけていた技法を記録し、作り手を励ます。そうした地道な活動の積み重ねが、日本の工芸を支える土台になりました。濱田はその中心にいた一人だといえます。判断に迷うときは、だるま3マガジンの濱田庄司とは?民藝運動を牽引した益子焼の巨匠|作品の特徴・落款・価値を徹底解説も読んでみてください。

益子での仕事

濱田は栃木県益子町に窯を構え、そこで長く制作を続けました。益子はもともと日用の雑器を焼く産地でしたが、濱田の仕事によって全国に知られる存在になっていきます。

海外での経験も持ち、帰国後には沖縄でも制作しました。各地の窯を訪ね歩き、そこにある土と技術に触れる。そうした移動のなかで作風が形づくられていきました。各地の技法や土に触れながら、自分の作風を育てていった作り手だといえます。1955年、重要無形文化財「民芸陶器」の保持者として人間国宝に認定されました。1978年に没しています。

益子との関係は、濱田にとって一方通行のものではありませんでした。その土地の土と釉薬を使い、その土地の職人の仕事に学びながら、自分の器を作る。産地に外から入って教えるのではなく、産地の一部になるという姿勢が、民藝の考え方とも重なっています。

作風の特徴

濱田の器は、厚みのある形と、大胆に流された釉薬で知られます。柄杓で釉薬をかける手法が語られることもあり、迷いのない筆致がそのまま器の表情になっています。一度手を下ろしたら直さない。その潔さが、濱田の器を語るときによく引き合いに出されます。

色は土や釉薬の自然な調子を生かしたものが多く、飴色、黒、白、緑といった落ち着いた色調です。塗り分けの境目もはっきりとは決めず、流れるままに任せた表情が残ります。華やかな装飾はありませんが、置いたときの存在感がある。そういう性質のやきものだと考えてください。

この作風は、所有者の目には「地味な普段使いの器」に映りやすいものです。金彩も細密な絵付けもありませんから、価値がありそうには見えないでしょう。しかし見た目の華やかさと市場での評価は、必ずしも一致しません。判断は自分でせず、まとめて見てもらってください。

名を残さないという姿勢

そして最も重要なのが、濱田が作品に銘を入れなかったという点です。作家として名を売るのではなく、職人でありたいという考えがそこにありました。民藝の思想からすれば、作り手の名は前に出るものではなかったからです。無名の職人が作った器に美を見出す運動の当事者が、自分の名前を器に刻むわけにはいかない。筋の通った姿勢だといえるでしょう。

この姿勢は敬意をもって語られてきましたが、査定の現場では別の意味を持ちます。器そのものからは作者を特定する手がかりが得られないということだからです。

他の作家であれば、器の裏を見れば銘があり、そこから照合が始まります。濱田の場合はその出発点がありません。したがって、査定の重心が器そのものから付属品へと移ることになります。この構造を知っているかどうかで、片付けの進め方が変わってきます。

銘がないという前提で何を見るか

ここが、この記事で最も実用的な部分になります。

手がかり 重み
共箱・識箱の箱書き 決定的。これがないと作者を言い切れない
同封の栞・説明書・領収書 来歴を裏づける材料になる
器そのもの(作り・釉薬・土) 専門家が読み取る部分
旧蔵者・入手の経緯 所有者が伝えられる情報。メモしておく

共箱がすべてを左右する

濱田の作品において、共箱の有無は決定的です。作者自身が箱書きをした桐箱、あるいは関係者による識箱。こうした付属がなければ、その器が濱田の作だと言い切ることは難しくなります。

したがって、器より先に箱を探してください。押し入れ、物置、床の間の地袋、食器棚の上段。器と別の場所に保管されていることも珍しくありません。空箱だけがまとめて置かれている家もあります。

骨董において、品物そのものと、それを裏づける情報は同じ重さを持ちます。箱がなければ「濱田らしい器」であって「濱田の器」だと言い切れない。濱田の場合は銘という代替手段もありませんから、この構造がより強く効いてくるわけです。

箱書きは読めなくていい

蓋の墨書きは崩し字で書かれていることが多く、所有者が読めないのが普通です。読めなくて構いませんので、そのまま写真を撮ってください。蓋の表と裏、印の部分を含めて撮っておけば十分でしょう。器と箱を並べた写真も一枚あると、組み合わせが確かめやすくなります。

真上からの照明を避け、斜めから自然光を当てると墨の文字がはっきり写ります。箱が傷んでいても、紐が切れていても捨てないでください。二重箱になっている場合は、外箱も残してください。内側の桐箱が共箱で、外側は保護のための箱という構成が一般的です。外箱が汚れていても、中を確かめずに捨てないでください。

同封された紙も残す

箱の中に、栞、説明書、来歴を記した紙が同封されていることがあります。購入時の領収書や、展示会の案内が挟まっている場合も同様です。

所有者には意味のわからない一枚が、査定を大きく左右することがあります。中身は捨てず、そのまま一緒に持っていってください。

箱を包んでいた布や紐も同様です。まとめて紙袋に入れておけば十分ですので、選り分けようとしないでください。何が判断材料になるかは、見る人にしかわかりません。査定の現場で最も惜しまれるのは、所有者が不要と判断して処分したものの中に、決定的な一枚が入っていたという事態なのです。

箱がない場合はどうするか

正直にお伝えすると、箱がなければ評価は難しくなります。銘がない以上、照合できる情報が乏しくなるからです。

ただし、値がつかないと決まったわけではありません。器の作り、釉薬の調子、土の質感から、専門家が読み取れる部分は残っています。加えて、その器がどこから来たものかという情報も材料になります。旧蔵者が誰であったか、どういう経緯で家に入ったか。こうした来歴も判断の一部になるからです。誰から譲り受けたか、どこで購入したか。わかる範囲でメモしておいてください。

民藝に関心のあった人の家であれば、他にも同じ流れの器が残っていることが多いものです。同じ産地のもの、同じ時期に集めたもの。そうしたまとまりが見えると、査定士は全体の傾向から見当をつけられます。一括で見てもらう利点は、手間の削減にとどまりません。

扱いで守るべきこと

良かれと思った行為が価値を下げてしまう。やきものはそういう分野です。

洗わない

査定前に洗うのは避けてください。食器洗い機、漂白剤、研磨剤はすべて厳禁です。釉薬の表面を傷めますし、貫入に入り込んだ洗剤は抜けません。厚手の器は丈夫そうに見えますが、表面の釉薬は繊細です。研磨剤でこすれば、その部分だけ艶が失われます。

埃をかぶっていても、そのままで構いません。気になる場合でも、乾いた布でほこりを払うくらいにしてください。査定の現場で最も惜しまれるのが、この「良かれと思った洗浄」なのです。

使用感を減点と考えない

濱田の器は、使うために作られたものです。民藝の思想からすれば、使われてきたことはむしろ自然な姿だといえます。料理の跡、貫入に入り込んだ色、高台の擦れ。こうした痕跡があることは、必ずしも減点になりません。

洋食器において未使用が最良とされる感覚とは、前提が異なる分野です。「毎日使っていたから価値はない」という判断だけは避けてください。

ただし、程度の問題ではあります。ひび割れが貫通している、大きく欠けている、修理の跡が残っている。こうした場合は評価が下がるのも事実です。それでも判断は見る人に任せてください。持ち主が「これはひどい」と感じた品でも、査定士の基準では許容内ということがよくあります。

修理をしない

欠けを接着剤で留める、市販の補修材を使う。こうした手当ては、たいてい裏目に出ます。壊れたところはそのままにしておいてください。破片が残っているなら、それも一緒に持っていってください。捨ててしまうと、修復できるかどうかの判断さえできなくなります。

金継ぎのような専門的な修復も、査定前に手配する必要はないでしょう。修復にお金をかけても、その分が戻ってくる保証はありません。関連する内容として人間国宝・荒川豊蔵の志野焼はいくらで売れる?査定基準を解説もあります。

相談先を選ぶ

作家陶磁器や民藝の買取実績を公開している業者を選んでください。総合リサイクル店では、日常の食器としての見た目だけで値段をつけられてしまうこともあります。

濱田の器は、華やかな装飾がないぶん、価値を読める人とそうでない人の差が出やすい分野です。持ち込む先を一つ間違えるだけで結果が変わります。写真を送って事前に相談できる店であれば、運び込む前に見通しを立てられるでしょう。判断に迷うときは、だるま3マガジンの濱田庄司の益子焼はなぜ評価される?人間国宝の魅力と作品価値・査定ポイントを解説も読んでみてください。

食器棚の前に戻って

はじめに描いた場面に戻ります。目の前にあるのは、裏に何も書かれていない厚手の大皿です。ここまで読んでいただいたなら、次にすることはもう決まっています。

まず、何もしないこと。洗わず、磨かず、直さず、日に当てない。次に、器ではなく箱を探すこと。押し入れ、物置、床の間の地袋、棚の上段。この作業に一番時間をかける価値があります。そして、棚にある他の器と一緒に、まとめて見てもらうこと。それだけです。

銘がないという事実は、所有者にとっては不安の種でしょう。何の手がかりもないように思えるからです。しかし見方を変えれば、銘がないからこそ処分されずに残ったという側面もあります。名前が読めない器は、価値がないものとして食器棚の奥に押しやられ、そのまま何十年も生き延びる。有名な器ほど早くに売られてしまうことを考えれば、皮肉な話です。実際、家族の誰も価値を知らないまま何十年も使われ続けていた、という例がこの分野にはあります。

そして、銘がないという同じ理由で、その器は捨てられる寸前でもあります。「作者不明の古い皿」として処分業者に渡ってしまえば、それで終わりです。だからこそ、箱を探してください。押し入れのどこかに、蓋に墨で何か書かれた桐箱が残っているかもしれません。読めなくて構いません。読むのは専門家の仕事です。所有者が判断しなければならないことは、実のところ何もありません。

査定は多くの場合無料ですし、点数が多ければ出張査定という選択肢もあります。食器棚ごと見てもらうという依頼の仕方も可能ですので、運び出しの心配は要りません。何が入っているかわからないという状態でも構いません。結果を聞いてから、手放すか残すかを決めれば十分でしょう。使い続けるという結論になっても、それはそれで構わないのです。用の美を説いた作り手の器ですから、使われ続けるのはむしろ本来の姿だともいえます。

なお、売却益や相続で税金の話が出てきたときは、税理士等の専門家にご相談ください。

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